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『白河本旧事紀』と難波津の歌
難波津の歌は、『日本書紀』より前に存在していたようである。
『古今和歌集』は、延喜16年(916)ころ完成、その『古今和歌集』には、「難波津に咲くやこの花 冬ごもり今は春べと 咲くやこの花 」とある。しかしながら、『古事記』や『日本書紀』さらに『万葉集』にもない。ところが、『白河本旧事紀』の「仁徳本紀」即位前紀の辛未年の10月の条に次のように記載されている。
★《冬十月、皇太子菟道稚郎子尊を兎道の山上に葬る。是の後、大鷦鷯尊、尚を皇太子、位に即かざるを以て薨ずるを悲しみて、未だ天皇の位に即きたまはず。時に百済の王仁、奏して曰く。皇太子薨ずるは、此れ天命なり。之を如何ともすることあたはず。大王天相あり。須からく速かに天皇の位に即きたまふべし。乃ち歌を献て曰く。
那迩波都迩 佐久耶許能波奈 布由許毛理 伊麻波波留遍仁 磋久耶許農波奈》
★『白河本旧事紀』は、『古事記』や『日本書紀』に先立って編纂されたものである。成立は白雉元年(650)より以前と考えられる。この歌には「と」と「に・仁」の違いがある。
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